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横浜地方裁判所 昭和44年(ワ)834号 判決 1973年8月29日

原告 A

右訴訟代理人

今村甲一

被告 B

右訴訟代理人

猪熊重二

被告 C子

右訴訟代理人

清水沖次郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「被告らは連帯して原告に対し金三六一万一、〇〇〇円並びにこれに対する昭和四四年一月三〇日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人らはいずれも「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求めた。

第二  当事者の主張

一  請求原因

原告は昭和四三年六月一九日、訴外Dの世話で横浜市内の料亭において被告Bの長女である被告C子と見合をした上、同年一一月三〇月右訴外人の媒酌により国鉄横浜駅東口のスカイビル結婚式場において被告C子と結婚式を挙げ、披露宴を催し、爾後昭和四四年一月二九日まで結婚届をしない内縁関係のまま横浜市内に新居を構え、新婚家庭生活を営んでいたところ、C子がその高等学校二年生当時の昭和三五年七月頃から見合直後の昭和四三年七月初旬に至るまでの八年間にわたつて、その実父である被告Bと平均毎月一回の割合で肉体関係を反復継続して来たことが新婚生活中に原告に判明した。

原告は、C子にかかる不倫事実が明白になつた以上、同人との夫婦生活を継続して行くに堪えられず、媒酌人Dと協議の結果、既に妊娠中であつたC子に中絶手術を施した上、昭和四四年一月二九日同人と離別したのであるが、結婚破綻の原因は、一に被告C子と被告B間の父娘相姦という醜行にある。

1  (被告らの共同不法行為)

被告ら父娘は、父娘相姦の身であつてみれば人倫上良心的にとうていC子の正常な結婚を期待すべからず、よしんば結婚しても夫たる者に露見するとき、夫婦生活の破綻は必至であろうことは充分予見し得たにかかわらず、また予見していたにかかわらず、情を知らない原告並びに媒酌人に秘匿し、見合並びに挙式の全経過を通じてC子が全く清浄無垢な未婚女性のごとく装い、原告をしてそのように誤信させたため、原告はC子と結婚し、人倫上良心的にやがて当然暴露されるべき前記不倫の事実が原告に露見して、必然にその結婚生活を破綻せしめたものである。

2  (原告の蒙つた財産上の損害)

原告が被告らに欺かれ、当然の結婚破綻原因を共謀秘匿されて、C子と見合をし結婚式を挙げ、新居を構えて結婚生活を形成し維持するために支出した費用は、

(イ) 見合のための飲食代

金六、〇〇〇円

(ロ) 婚約指輪代金(ダイヤモンド一個)金六万三、〇〇〇円

(ハ) 結納金 金一五万円

(ニ) アパート契約金 金七万円

(ホ) 結婚式及び被露宴費用

金三二万五、〇〇〇円

(ヘ) 新婚旅行費用

金四万七、〇〇〇円

(ト) 媒酌人謝礼 金三万円

(チ) 結婚指輪代金(金カマボコ一個)

金五、〇〇〇円

(リ) 妊娠中絶費用

金五、〇〇〇円

(ヌ) 家財道具金

三五万円円

(ル) 昭和四三年一二月一日から昭和四四年一月二九日までの生活費の二分の一 金六万円合計金一一一万一、〇〇〇円

原告がC子との結婚生活の破綻により蒙つた財産上の損害は右のとおりである。

3  (慰藉料)

原告は、山形県下の中学を卒業して上京し、株式会社Eに就職勤務し、刻苦勉励の結果、昭和三九年三月、資本金五〇万円で有限会社Fを設立し、自らその代表取締役に就任し、営業一途に精通し、その間幾多の縁談も断りつづけて来たものであるが、漸く一個の企業として経営して行ける見通しと自信がついたので、媒酌人Dの言を信じ、比較的家庭的躾も厳しく堅いであろうと思つて、現職警察官として約三〇年間勤務していた被告Bの長女である被告C子と結婚し、結婚式の際には、日頃世話になつている取引先きの会社々長並びに重役らを多数招待して披露をし、これらの人々から将来を祝福されると同時に期待と信用を深め、大いなる希望をもつて結婚生活に入つたところ、一ケ月半の短い結婚生活は、被告両名のあまりにも人倫をはずれた過去の醜行の発覚と共に終止符を打たざるを得なくなり、終に希望の結晶とも云うべき胎児をも闇に葬つた上、昭和四四年一月二九日C子と離別するに至つたのである。されば、発覚時の精神的打撃の深かつたことはいうまでもなく、そのあとの苦悶の深刻並びに事態を解決し且つ自己の信用名誉の傷つくことなからんとしてほとんど仕事も手につかなかつた苦痛、斯かる原告の精神的損害は、とうてい金銭をもつては償いがたく計り難いものであるけれども、賠償制度上、これを金銭的に測るとすれば、金三〇〇万円を下らない。

4  原告が財産上、精神上蒙つた損害は、右のとおり総計四一一万一、〇〇〇円を下らないところ、被告Bは原告に対し媒酌人Dを通じて金五〇万円を支払つたので、これを差し引いた残金三六一万一、〇〇〇円につき、被告ら両名に対し、その賠償支払いを求める。

二  被告Bの答弁

1  原告主張の請求原因事実のうち、冒頭の新婚生活に入つたまでの見合、結婚挙式等の経過は認めるが、結婚前の原告の経歴は不知、その余の事実はすべて否認する。(被告Bが原告に対し金五〇万円を支払つたことについては後述四のとおり。)

父娘相姦の事実は、原告が被告C子に激しい折檻を加えて画がき出された虚偽の事実である。

2  被告Bの主張

(一) もともと婚姻は、両性の合意に基いて成立するものである。原告と被告C子との結婚においても、仮りにどのような事情が結婚前に存在したとしても、ひつきよう婚姻を合意したのは両当事者であつて、右結婚前の事情は両当事者間における法的責任問題とはなり得ても、その余の第三者は右事情の関係者であつても、ひつきよう部外者にすぎず、婚姻に対する法的責任を負わない。原告があたかも被告Bが原告と被告C子とを故意に結婚せしめたかのように主張することは、事実を誤るものであり、結婚の合意成立に被告Bの作為不作為を論ずるを須いず、且つそのような主張は、原告自らが婚姻合意に対する責任を放棄するものである。

(二) 原告と被告C子が、いかなる事情から本訴提起の原因、動機を作り為したのか不明であるけれども、兎に角、原告は、昭和四四年一月一五日、被告C子を烈しく折檻し、父娘相姦などという虚偽の事実を真実として公開するように執拗に要求し、C子は原告との結婚継続のためには、他に手段なしという原告の強要と執拗に堪え切れず、原告の命ずるままに、泣く泣く、翌日、G警察署に(被告BはH署勤務)、強姦被疑事件として届出たが、C子自身も堪えがたかつた上、警察署において届出の不当をいましめられて取下げた。しかし被告Bは、事の真否、告訴の存否を問わず、身の不明を恥ぢ、届出の前日付けで、三〇年に及ぶ警察官を退職した。

三  被告C子の答弁

1  原告主張の請求原因事実中

結婚前の父娘相姦が当然に結婚の破綻原因となること、原告と被告C子とが離別せざるを得なかつたこと、胎児を闇から闇に葬つたことは否認。(妊娠中絶手術をしたのであつて、その日時は離婚後である昭和四四年二月八日である。)離別後の原告の苦悶並びに財産上の損害内容は後述の一部((二)の(2))を認めるほか不知、慰藉料額の主張は争う。その余の事実(原告の経歴と結婚披露の状況を含む)はすべて認める。

2  被告C子の主張

(一) (被告C子に不法行為責任はない)

(1) 父娘相姦の実情

被告C子は、最初、高校在学中、知慮浅薄なため、実父の腕力と権力に抗しきれなかつたのであり、その後は父の暴力を恐れて屈服し、ずるずると父の独善的で卑劣な暴行を受けて関係を継続して来たものであるから、犯罪的暴力の被害者たる被告C子にはそのこと自体に責任はない。

(2) いわんや、結婚前の事態であつて、結婚の相手方に対する不法行為にはならない。また、結婚に当り、このような語るべからざる事実を秘したからといつて、故意過失により不法行為をしたというのは失当である。

(3) 原告は、結婚後の性生活において被告C子の非処女性を知り、その原因を執拗に責め、毛髪を引張り、顔面を殴打するなどの暴行を加え、C子は耐えられずして告白した。しかし、かかる結婚前の事実の露見が、当然に、結婚生活を破綻させるべき責任事由であるといえないのである。しかるに、原告は右の結婚前の過去の事実の露見により結婚は破綻したものと極め付けて、一方的に解消してしまつたのであつて、解消は原告の自ら招いたところであり、解消による損害をいつて被告C子の賠償責任を主張するのは失当である。

(二) 原告が財産上の損害として主張する諸支出のうち、(ロ)(ハ)(ニ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ル)は認める。

しかし、かかる財産上の支出をもつて損害として請求することは、事物の性質上不当である。殊に、結納金は、結婚を停止条件とする贈与であり、結婚成立によつて右の条件は成就している。

(三) 本訴請求の実質は、結婚破綻に基づく慰藉料等の請求であつて、原告は家事審判法一八条により、先ず非公開の家事調停を求めるべきであり、そのことなくして公開法廷における訴訟の手段に出たことは、妥当を欠くものである。

四  被告らの抗弁(和解の成立)

被告Bが警察官を退職したにかかわらず、原告は、直接または仲人Dを同道して訪れ来て、「父親としての責任をとれ」など烈しい言動で損害賠償を請求したが、時間の経過により、夫婦の関係が好転することもあろうと配慮した被告Bは昭和四四年二月八日、原告の怒りを鎮めるために「原告に対し、金八〇万円の損害賠償金を同年四月一日(但し、全額一時に支払うことができない場合は、三ケ月の月賦払)に支払うことにより、本件紛争を一切解決する。被告C子には請求しない。」旨を約定して、事態の円満解決を図り、茲に民法上の和解が成立した。そして、同年四月一日、内金五〇万円を支払い、その際、残額三〇万円は、退職金受領後に支払う旨を述べておいた。しかるに、原告は突如、被告Bの退職金を仮差押したので、右残額の支払いを差止め、現在に至つている。

よつて、原告の本訴請求は、失当である。

第三  証拠(略)

理由

一背徳肉体関係の秘匿による結婚

1  原告と被告C子とが原告主張のとおり見合い、結婚挙式、披露宴を経て新婚生活に入つたこと並びに被告BがC子の実父であることは、原告と被告両名との間に争いがない。

2  C子が高校二年生であつた昭和三五年七月頃から見合直後の昭和四三年七月初旬に至る八年間にわたつて実父Bと平均毎月一回の割合で肉体関係を反覆継続したこと、右事実が結婚に際して秘匿され、新婚生活中に原告に判明したことは、原告と被告C子との間には争いがなく、原告と被告Bとの間においては、被告Bにおいてこれを否認する。

3  この点につき原告と被告Bとの間においては、<証拠>を総合すれば、C子と実父Bとの間には、原告とC子との結婚前に肉体関係が継続されたこと、父娘とも右事実を秘匿したまま原告と結婚したこと、結婚後昭和四四年一月一五日C子が婚前から非処女であつたことを原告に気付かれ、その相手を執拗且つ暴力的に問い詰められ、その追及に堪えられずして右背徳行為を原告に告白したことが認められ、被告B本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

二不法行為の成否

父娘間の継続的肉体関係を秘匿して結婚することが、相手方男性に対して、父および娘の不法行為を構成するのであろうか。

1  父娘間の肉体関係が人倫に違背する重大な背徳行為であることはいうをまたず、強姦たると和姦たると、継続されたと否とを問わない。そして、婚姻の厳粛性に鑑み婚姻の合意成立に当つて、事前にこれを相手方男性に対し秘匿することが、父としても、娘としても、反道徳的であることもまた、多く論ずるまでもない。しかしながら、事前の告白を法的義務とし、その秘匿をもつて法的に違法とすることができるか否かは、具体的事案に即して慎重に判断されなければならない。

2  父娘が、娘の結婚後(正式の婚姻のほか、内縁関係をも含む意)も従前の人倫違反を継続する共同の意思をもつて、ないしは継続の危険を予知しながら未必の故意または認識ある過失により、結婚を敢えてし、婚姻後の夫権侵害ないし内縁関係における事実上の夫権侵害を惹起したときは、その夫権侵害につき不法行為が成立することは勿論であるが、結婚に当つての秘匿行為自体も違法であり、それ自体も独立の不法行為を構成し、相手方男性が支出した結婚諸費用などは不法行為に因る財産上の損害として、また蒙つた精神上の苦痛については不法行為に因る慰藉料として、父娘に賠償の連帯責任があるものというべきである。しかしながら、本件秘匿行為については、原告本人尋問の結果によるも、このような事実を断定的に認めることはできないし、他にこれを認めることのできる証拠はない。

3  <証拠>を総合すると、C子は昭和一七年一二月二〇日生れで、原告との結婚当時は満二五才であり、父娘ともによき男性との結婚を望んでいたのであつて、結婚を契機として、肉体関係を断絶し、父娘ともに人間として蘇生しようとしていたことをうかがい知ることができるのである。この場合、父娘にとつては、従前の肉体関係は絶対に秘しておきたい事柄であり、結婚当事者間にあつては表面化することなく埋没されるべき事柄である。このような人倫をはずれた醜行関係に陥つた父婚が、結婚に当つて事前に相手方男性にその事実を打明けることは、B、C子父娘以外の通常人についても、現前の結婚成立による幸福を失う危険に対する恐怖によつて強度の心理強制を受け、秘匿せざるを得ず、経験則上、開示は不可能である。父は、娘の結婚による幸福の獲得に対する祈念と情愛から、結婚適齢期の娘は一箇の独立の人格の尊厳の自覚と結婚による人間幸福の追求の至情から、そして父娘ともに、人間としての蘇生への光明を求める切情から、常識上、秘匿は必然であつて、事前の開示を法的義務として期待することは不能である。原告が、その法的義務ありとしてその遵守を要求するのは、客観的事態の反倫理性と暴露されたことによつて自己の蒙つた主観的精神的打撃の深刻(そのこと自体は、まことにそのとおりであつて同情に堪えない)を強調するの余り、法的に期待可能性ありと確信して被告らに強要するに他ならず、法が、人間が特定の人間関係において相手方の人間に対して不能を強制することを非とし、かかる事態にあつては、期待可能性を否定するものであることを認識できないものである。

4  前叙2の場合における秘匿が、その具体的事情においては、期待可能性の不存在を理由として違法性を阻却する場合でないことは、条理上当然であつて、本件の場合と、主観的並びに客観的事情を異にするものである。

5  以上のとおりであるので、本件秘匿行為はそもそも違法性なく(もとより、適法行為となるものではないが)、不法行為を構成しないと解するのが相当である。

三よつて、原告の請求はその余の点を判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(立岡安正)

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